安楽死と自由
どうも。体が硬いアンカーです。
凄く重いテーマですが、以前『ドクターデス』という映画を観てから思っていた事がありました。
また、最近哲学を勉強している事もあり『自由とは何か』についても考え、思う事があったので、書き残していたいと思います。
正直、このテーマについて簡単に思った事を書いてはいけないと思うし、日本ではタブー扱いされている気がします。
なので、あえて書かせてもらいます。
気分を悪くされる様でしたらここでブラウザバックをお願いします。
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※この記事は個人的主観で書いています。
自由とは何か。
『自由』ってなんでしょう?
ざっくりイメージすると、好きな事を好きな時にできるという事はでしょうか。
今まで人間は、戦争を繰り返し、自由を求めて争ってきました。
国が、人が、自由を求めていたからです。
いつ攻められるか、殺されるかわからない状況は自由ではありませんからね。
なぜ戦争はいけないのでしょう?
私の答えは、戦争は戦争を呼ぶからです。
戦争をすれば血が流れるのは必至です。
あの国が嫌いだ。あの人種が憎い。
そういう憎悪の念を抱きます。
それが分かれば人間は防衛する、又は攻撃を仕掛けるでしょう。
攻撃を仕掛ければ、いつかやり返されるでしょう。世代を超えて…
こうなってくると、自由では無くなるのです。
自由を求めて争っていたのに、自由では無くなっているのです。
数々の戦争を重ね、やっと世界はそれを理解できたのです。
だから戦争はしてはならない。
人を殺してはいけないのです。
理解出来なくとも、これを大原則として人間は認めなければいけません。
なぜか?それは人類が自由に生きる為の大原則となるからです。
人間は自由に生きる権利があります。と私は思います。
では、安楽死は。
安楽死はどうでしょうか。
こんな記事があります。読んでみてください。
外国では安楽死を認めている国もあります。
私は、安楽死に賛成です。
ですが、条件があります。
条件については、法律や制度について無知なので控えさせて頂きます。
安楽死は生きる権利とは対の『死ぬ権利』を認める事だと思います。
ドクターデスという映画にも、『生きる権利と死ぬ権利が人間にはある』というセリフがありました。
映画ではこれが悪という設定となっていましたが、(悪人が勝手に人を安楽死させている為。)この言葉だけに関しては、私は賛同できます。
私も人には、生きる権利と死ぬ権利が人間にはあると思います。
人間は自由を求め、戦争をしてきました。
それを経て、争わない事、人間を殺さない事が自由の大原則と理解できました。
これが自由を守るための唯一の方法だと気付いたからです。
なら、自由であれば、死ぬ権利も人間に与えられると思いませんか?
安楽死は生きる糧にもなると、上記の記事で書いています。
考えてみれば、自殺という選択肢しか無いよりかは、安楽死制度があると思える方が私は楽だと思います。※私の意見です。
死ぬ権利は誰のものでしょうか?
生きる権利が個人の権利なら、死ぬ権利も個人の権利であって欲しいと思います。
推奨している訳でも、強制している訳でもありません。
けど、、、、、、、、死ぬ権利だけは国の権利なんておかしくないですか……
でなければ本当の意味で自由ではないと思います。
自由といっても人それぞれの価値観があるのですが…
正直、書いてて辛いです。自分はそんな境遇ではないので、無責任と思われても仕方ないです。ですが決して自殺を推奨している訳ではないとご理解ください。
自殺は決してしてはいけませんし、認めてもならない。
だから安楽死制度を私は推奨します。※条件付きで。安楽死制度を認めている国の条件を参考にしてください。
今一度、皆様も考えて欲しいです。
自由とはなにか。自由になるには。生きるという事。死ぬという事。また、自分だけでなく、大切な家族、友人、恋人がそのような状況に置かれたら。
あなたはどういう選択をしますか?
自由は、生きる権利は、死ぬ権利は誰のものでしょうか?
浅い知識でこんな事を書いてしまい、不快な思いをさせてしまった人には、大変申し訳ございませんでした。
この記事を公開するか否か、数週間悩みました。この記事をきっかけに、考える時間が1秒でもあれば公開してよかったと思います。
それでは。